Brother Japan Logo (2021)

ブラザー工業が挑むTableauによるデータ活用術


ご利益”を示して広げることがデータカルチャーを醸成するカギ

5Gの活用やDX(デジタルトランスフォーメーション)が本格化する今、これまで以上にビジネスにおけるデータの重要性が高まっている。その重要性を理解し、データの全社的な活用により、目まぐるしく変化する市場と向き合うのがブラザー工業だ。いかにして社内にデータカルチャーを浸透させ、活用を実現したのか。代表取締役社長である佐々木一郎氏に、Tableau Softwareの佐藤豊氏が迫った。

もともと集めていた大量のデータを 溜めるだけでなく活用できる仕組みに

佐藤: データを活用して変革を起こす。長年、多くのグローバル企業が考えていることです。しかし、規模に応じた分析を達成できている企業はわずか8%(MCKINSEY ANALYTICSによる調査<英語>)。9割以上の企業は、必要性を感じつつ実行できていません。一方、成功している企業はリーダーが率先してデータスキルを身に付け、データ分析によりファクト(事実)に基づく改革を実践。それが、組織内の誰もがデータを活用し、データに基づく意思決定ができる「データカルチャー」の醸成にもつながっています。ブラザー工業様は、まさに佐々木社長自らがデータ活用を率先され、データカルチャーが浸透している企業だと感じます。

佐々木氏: ありがとうございます。弊社の源流は1908年に始まったミシンの修理業。そこで培った技術や開発力を生かし、様々な事業展開を行ってきました。現在は、プリンターや複合機などを扱うプリンティング・アンド・ソリューションズ事業を主力にしていますが、今後はペーパーレスの時流を踏まえて、また新しいビジネスを創出する必要があります。だからといって、既存の事業で手を抜くわけにはいきません。そのためには、従業員の努力を効率よくお客様の価値に結びつける必要があります。そこで欠かせないのが、データの活用です。

私は、ビジネスへのデータ活用を山火事に例えることがあります。山火事の消火で重要なのは火元を確かめてピンポイントで狙うこと。そうでなければ、広い山全体に放水しなくてはいけない。これは効率的ではありません。とくに、水の量に限りがあるときには、火元を正しく確定する必要があります。これは、ビジネスにも通じます。データを活用して、どこを改善すればお客様へ提供できる価値が上がるのかを分析し、本当に効果があるところを見極めて、リソース、つまり従業員の努力を投入していく。その努力でお客様へ提供できる価値が正しく上がっていくわけです。

 

従業員にデータが大事と言っても、実際にどういった形で役に立つのかイメージは湧かないものです。そのため、“ご利益”=『成功体験』を正しく理解してもらうことが重要だと思っています。

佐藤: AIやデータ分析は、あくまで手段として捉えるべきですが、目的化してしまうケースも散見されます。貴社では、お客様のために「データ分析は結果を出す重要なツール」という位置づけを守られているのが素晴らしいと思います。佐々木社長がデータの重要性に着目したのは、いつごろになりますか。

佐々木氏:20年近く前です。当時私は、顧客満足度向上を目的としたCS推進部の部長だったのですが、そこでコールセンターに寄せられたお客様の意見をデータとして分析して、問題点を洗い出しました。全社レベルでは、当時から製造部門もデータ収集を行っていましたね。しかし、サンプリング方式で任意に抽出した製品を分析していたため、これでは抽出した製品に不具合がなければ、問題として認識されないという欠点もありました。

佐藤: 今はテクノロジーの進化やデジタル化もあり、いろいろなことができるようになりました。20年前と比べてどのように変わりましたか。

佐々木氏: 今はIoTの発展によって、製造ラインに設置した検査装置から膨大なデータを集めることができます。最初に取り組んだのは、製造ラインで集めたデータと市場に出荷した製品の故障・不具合データを結びつける方法でした。しかし、集まるデータが膨大すぎて、今度はデータ分析がうまくできない。データは溜まる一方です。そこで使い始めたのが「Tableau」です。

Tableauを使い、製造ラインでキーパーツを作るときに得られるデータを出荷前の完成品の品質データに結びつけるということもしています。完成品の品質に相関のあるデータを見つけて分析したことで、キーパーツの製造ラインにとって、本当に重要なことが分かるようになりました。

以前は、すべての製造ラインを巡回して、経験則や限られたデータから予測して改善を実行していましたので、正直、品質に直結しない製造ラインの改善を行うといった無駄もありました。しかし、今はデータ分析により改善が必要な製造ラインに注力できる。10~15年かけた改善よりも、Tableau導入後の1~2年での改善のほうが、より大きな効果を上げていると思います。Tableauを利用したビッグデータ分析の効果を全社に知らせたところ、多くの部署から反響があり、一気に広まっていきました。成功事例を全社でシェアすることが重要だと思います。

佐藤: ありがとうございます。貴社でのデータ活用の結果について、さらに教えていただけますでしょうか。

佐々木氏:Tableauは人材の効果的な配置にも役立っています。例えば、欧州各国にはミシンの販売会社があるのですが、これまでは各国のマネージャーがそれぞれのセールス部門を管理していました。今は、マネージャーの数を絞ってドイツだけに配置し、各国のセールス部門を一元管理しています。そこで大事なのは、限られたマネージャーの数でも各国のセールス担当者のパフォーマンスや働き方をしっかりと把握すること。粗利をはじめとして、さまざまな数字をTableauで見える化し、マネジメント対応が必要なお客様や優秀なセールス担当者を抽出。お客様へ迅速に対応できるほか、従業員の公平な評価や人材育成にも役立っています。

 

複数の日次データを1つのダッシュボードで可視化

ブラザー社のダッシュボード

ブラザー工業では、Tableauを使って売上実績を可視化し、経営層の意思決定にそのデータが活用されている。Tableauは、上の画面のように1つのダッシュボード上で、複数のデータ分析結果をビジュアル化。ダッシュボード上でグラフ内に表示させたい項目も簡単に変更可能で、直感的な操作ができる。

 

データ活用によるご利益を示すことで 自然と社内全体に広がるはず

佐藤:貴社がどのようにデータ分析を行い、活用しているのかがよく分かる事例ですね。多くの企業では、データ分析と活用が一部のデータサイエンティストの業務として完結しているケースも見受けられます。企業全体に広げるのは、簡単なことではありません。佐々木社長は、どのようにしてデータカルチャーを醸成し、定着させたのでしょうか。

佐々木氏: ただ、従業員にデータが大事と言っても、実際にどういった形で役に立つのかイメージは湧かないものです。そのため、“ご利益”を正しく理解してもらうことが重要だと思っています。ご利益とは、成功体験。小さくてもいいので、実際にデータを分析し活用することで生まれた成功事例を社内に示すことで、自然と広がるはずです。

部署単位で見ると、データ分析・活用によるご利益がこれまでにいろいろと出てきました。次は、社内講演会などを通じて、まだ活用できていない部署、従業員を巻き込み横展開することを目指しています。部署を超えてデータ活用ができれば、必ず結果が出ます。

佐藤: 全社にデータ活用を広めていくためにはトレーニングや人材開発が重要になるかと思います。貴社の取り組みについてお聞かせください。

佐々木氏: 勉強会に力を入れています。これはまさに、10年先を見据えた人材育成です。今は小学校からプログラミング教育を受ける時代です。データ分析やプログラミング技術、AIの活用、RPAによる業務の自動化は、今後メールやエクセルと同程度のビジネススキルになっていくでしょう。対応できなければ、仕事の半分がAIやロボットに置き換わると言われている今後、職場には居場所がなくなってしまう。従業員には、10年先を見据えて、何が何でも今、変わってもらいたい。

今の日本の状況を考えると、これからは70歳でも80歳でも元気なうちは働く世の中にならざるを得ないでしょう。そのときに活躍の場がないと、幸せな将来はないかもしれません。そうならないように、何歳であっても新しいスキルを身に付けるべきです。「私は50代だから、新しいことはもういいよ」などと言っていられない時代が来ている。そういった危機意識を従業員には持ってほしいと思っています。佐藤: 私がTableauに携わっている理由の一つが、「人間は優秀で知識を持っている。だから、機会と道具さえ与えれば変えられる」という考えです。佐々木社長のお話を伺うと、人は変われるし強くなれると感じます。

 

不確実な時代だからこそ 誰もがデータを活用できることが重要

佐藤:貴社は、製造業だからこそ取れる様々なデータを活用し、実際に業務改善や品質改善をしています。そもそも、工場のQC(Quality Control:品質管理)はデータ活用の考え方そのものです。

佐々木氏:今、世界の製造業は、複数のデータを結びつけることでより深いインサイトを得るレベルに進化しています。日本だけがデータ活用で止まっていたら、残念ながら勝ち残れません。

また、日本は少子高齢化による人口減少が進んでいます。危機感を持って取り組まなければ、未来はないでしょう。

佐藤: 実際、世界的に見てもデータ活用ができている企業とそうでない企業とでは、格差が出てきています。データから恩恵を受けている企業は、デジタルを活用してより大量のデータを集めるし、そのデータをマシンラーニングなどのAIで分析してインサイトを得て、次の仕組みを創り出している。まさに、デジタルとデータによる錬金術です。日本と世界との格差は、広がってきていると感じます。

佐々木氏:日本では昔からQCでデータを活用してきました。最新のQCにアップデートして、世界の先頭を切るつもりでやれば、日本人には大きな可能性があります。データを活用することで、「ボール」がはっきり見え、打率が上がる。活用しない手はありません。データ活用は特別なものではなく、自分の仕事をよくしたいという思いがあれば、誰もが始められるものです。

佐藤:今回の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大によって、不確実な時代に入りました。変化する状況に、貴社はどのように取り組んでいきますか。

佐々木氏: COVID-19は、いかに世の中がドラスティックに変わるかを教えてくれました。このような時代を正しく生き抜くためには、ファクトを見極めて迅速に動くしかない。しかし、そのファクトさえ常に新しいものへと更新されています。ファクトを正しく捉えるためにデータが有効なのです。従業員には、そういった考えで努力し、仕事に取り組んでほしいですね。その先には、幸せな未来があるはずです。

社長である私の使命は、従業員の幸せな未来をつくること。従業員の立場で彼らの幸せを考えると、「自分の努力が世界にどれくらいのインパクトを与えられたか」が大事だと思います。そのためにも、会社は、従業員の努力の増幅器であるべきなのです。従業員が正しく努力した結果、生まれた製品やサービスが、会社を通じて世界に広がり、インパクトを与える。Tableauは、その従業員の努力を支えるプラットフォームだと思っています。

佐藤: ありがとうございます。貴社には、製造業の中でもいち早くTableauを導入していただき、時代の変化に合わせて新しい機能も継続的に使っていただいています。今はリアルタイム性がさらに求められ、2カ月前のことがもうファクトではないという時代です。今後もブラザー工業様が世界を引っ張っていくようなビジネスへのチャレンジにお役に立てるよう、ぜひご支援させていただければと思います。

佐々木一郎氏, ブラザー工業株式会社 代表取締役社長
1983年ブラザー工業入社。インフォメーション・アンド・ドキュメント カンパニーで商品企画部長、CS推進部長、QM推進部長を歴任後、ブラザーU.K.社長。2016年代表取締役常務執行役員、2017年代表取締役専務執行役員を経て、2018年から現職。